薬剤師さん向けの講義をしました!以前に依頼されたときは救急処置の講習としてやったのでシンプルだったのですが…
今回は「血液疾患と血液がんについて」というテーマで頭を抱え、夫に相談しました。
夫と話すうちに「血液内科医の処方は意味不明なことが多い」と言われたので、具体的にどのような場合かを色々と聞き出して講義を組み立てました。
医師の仕事は患者さんを観察し、話を聞き、必要な検査などをしながら診断を決めそれに対して治療として薬を選びます。
一方、薬剤師はまず医師の書いた処方箋を見て、薬の内容から状態や治療を想像します。(病名を聞くことは必須ではない)
というわけで、私が想像した「薬剤師の疑問」に対して、私なりに医師の考えを想像して説明する…というスタイルで講義をしていきました。
Q1 感染症でもないのに抗菌薬を処方するのはなぜですか
感染症といえば熱が出るとか膿が出るとか、そういった症状があって初めて抗菌薬を使うと教わると思います。もちろん基本はそうなのですが、こと血液内科領域ではそれ以外の目的で使用していることがあります。たとえばこのような処方箋を見たことはありませんか?
スルファメトキサゾール・トリメトプリム(商品名 バクタ、バクトラミン)
1 日 2 錠を連日、1 日 2 錠を週 3 日隔日、又は 1 日 4 錠 を 2 回に分け週 3 日隔日投与
目の前の患者さんは熱もないしピンピンしているのにこんな処方を見たらギョッとしませんか?
これは何をしたいのかと言うと、ニューモシスチス肺炎の感染予防目的です。抗がん剤治療中の患者さんなどは非常に免疫力が落ちた状態で、健康な人はかからないような病原体に感染することがあるのでそれの予防です。だからこんな処方を見たら「抗がん剤治療中かな?」と想像してもらえたらと思います。
もう一つ、抗がん剤治療中の患者さんなどに想定される処方内容としてこんなものもあります。
ニューキノロン シプロフロキサシン、クラブラン酸アモキシシリン
さきほど「抗がん剤治療中の患者さんは免疫力が低下する」という話をしましたが、その状態で発熱すると「発熱性好中球減少症」という非常に重篤な病態に進行する危険性が高まります。FNと略すのでここにガイドラインから抜粋した治療のフローチャートを載せていますが、この予防のためにキノロンを予防投与したり、この治療のためにシプロフロキサシン、クラブラン酸アモキシシリンを使用します。感染症治療は熱が出たら感染源を予想して抗菌薬を絞って…というイメージがあると思いますが、これは経験的治療なので、このような使い方をします。また医師によっては、外来で抗がん剤治療中の患者さんに「もし熱が出たらこれをとりあえず飲んでね」という形で処方することがあります。それはいい加減なのではなくて、発熱初期に迅速に治療を始めることが大切だからです。昨今のコロナ禍で発熱時の受診も苦労するようになっていますので、先に置き薬のように処方する医師は増えているかも知れないなと思います。
クラリスロマイシンの長期投与
抗生剤の投与は長くても2週間以内というのが一般的な投与方法ですが、びまん性汎細気管支炎や慢性副鼻腔炎に対してマクロライドを少量で、長期間(3~6か月)内服する治療方法があります。呼吸器内科や耳鼻科でもよく使われる処方だと思います。
Q2 貧血なのに鉄除去剤を使うのはなぜ?
デフェラシロクス(エクジェイド懸濁用錠125mg~500mg ジャドニュ顆粒分包90mg~360mg)
貧血だと聞いていた患者さんが鉄除去剤を処方されていたらどう考えたらいいでしょうか。「貧血といえば鉄剤で鉄を補充するんじゃないのか?除去してどうする?」と思いませんか。
再生不良性貧血や骨髄異形成症候群など難治性貧血の治療のために、赤血球輸血を繰り返すことで「鉄過剰症」を発症します。ゆっくりと進行しますが、輸血回数の増加とともに、重い肝障害や心不全を引き起こす危険性が高まってしまいます。そのため鉄除去剤を処方します。飲みにくい薬なので、ぜひその意義を理解して患者さんを励ましてあげてください。
Q3 ステロイドって何のために使っているの?なんで頻繁に投与量が変わるの?
ステロイドは様々な効果を期待していることが多いです。適応疾患も星の数ほどあるけれど、血液内科領域で使うときは思いつくだけでもあらゆる目的があります…
- 化学療法薬として(CHOP療法など)
- 解熱目的
- 制吐目的
- 抗アレルギー目的
- などなど
もう正直なところ、処方箋を見ただけではわからないと思います。一度に大量のステロイドを使った場合など、その後のテーパリング(量を減らすこと)の厳格なルールなどはないので、それぞれの医師の裁量にまかされているため、量の増減の秘密は当事者しか知り得ないことです。
Q4 なんで血液疾患の薬って高価なの?
「そんなに高いの?」と思ったアナタのためにトップ3の内服薬をご紹介しましょう。「一粒10万円」とかいう世界です…(注意※最高値は注射薬だが、調剤薬局の薬剤師さん向けの講義のため割愛)
これはひとえに「血液疾患の治療薬は分子標的薬が多いから」だと考えます。分子標的薬については、私のボスの木村晋也教授が描いたイラストがわかりやすいので引用します!
ターゲットの細胞のみを殺す的確さが売りで、開発には大変なお金がかかります。その分は回収しないと製薬会社ももたないからねぇ…
とは言え、在庫を抱える調剤薬局にとって、分子標的薬は厄介な存在でしょう。医師から患者に調剤薬局を指定してはいけないルールですが、「薬局の経営努力まかせでいいのかな?」と悩ましいところでもあります。最小ロットを小さくする、薬価を下げる努力をする、在庫をシェアするネットワーク作りなど、対応は色々考えられるのではないかと思います。ぜひとも問題提起したいところです。
最後に薬剤師さんに伝えたいことをまとめました。
- アクティブな感染症ではなくても抗菌薬を使っていることがあります。他科で抗菌薬を処方された場合などはご一報ください!
- ステロイドの処方根拠は様々、処方量も変更が多いです。患者さんの残薬など気になることがあれば教えてください!
- 実は医師は薬価を知りません…処方日数の工夫などは対応できることがありますので教えてください!
- 実は医師は薬そのものを見たことがありません…飲みにくさなどあれば積極的に情報提供してください!
そして血液疾患そのものにも興味を持ってくださった方のために、佐賀大学血液腫瘍内科とキャンサーネットジャパンが7年前に始めた動画配信についてもご紹介しました。患者さんも病名告知で頭が真っ白になってしまった方など、復習に使っていただけたら幸いです。
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